冬の風がやけに冷たく感じる。真っ暗な辺りの風景をどことなく心なしに眺めて、僕の
内にある感情をそれと同じように黒く染めたいと思う。
女子にふられた。
ただ、それだけの事実が僕を追いこむ。
放課後に、一緒に帰って、それで帰り際に告白して、「ごめんなさい」の一言。
たった、それだけの言葉で理解した。
僕は良い友達で終わる存在なんだ、って。
次の日、僕をふった女子はそれから、なんとなくに僕を避けてるように思えた。
目はそらされ、近くを通ると身をかがめ、やけに僕の行動1つ1つに大
げさなリアクションを取る。
昨日から続いて、また僕の胸には傷跡が刻まれていった。
「あっ、あの、昨日はごめんなさい。その、いきなりだったので。でも、ヒロくんがそう思ってくれた、ていうのは嬉しかった。私もヒロくんのこと嫌いじゃないし、これからもよろしく
おねがいします」
その日の放課後、僕は1人で帰ろうとするところを、あの女子に呼び止められた。呼び止められて、そのまま僕の反応なんていざ知れ
ず、どこかに小走りで行ってしまった。
身勝手で、その呼び止めに何かを期待してしまった自分を馬鹿らしく思う。
そりゃ、何かにすがりたくもなるよ。
いわゆる幼馴染の関係で、何年間もずっと一緒にいて、やっと高校生になって勇気を振り絞れたかと思うとこれだ。
時を戻したい。運命を捻じ曲げたい。彼女を振り向かせたい。
僕の中には願望の渦がここぞといわんばかりに暴れ渦巻いていて、とても僕1人じゃ抑えきれない。
何かを壊したい。無性に、誰かを襲いたい。
人として、じゃなくて、ただの欲望の塊となった僕として。
太陽はもうすぐ地平線の向こう側に沈んで行って、田舎なここは真っ暗になる。
そこまで考えて、僕は思考をやめた。
「もしもし聞こえてる、ヒロくん?ふられてご愁傷様でご傷心のところ悪いけれど、私あなたのことが好きなの、だから少しうちに来て、話でもしない?」
思考をやめたその直後に、今まで僕の意識の外にあった目の前から声をかけられた。
もう1人の僕の幼馴染に。
「えーと、どうしたの、いきなり?」
半ば強引に家に連れられてきて、戸惑う僕を前に彼女は背中を向けている。
「知ってた?私、ヒロくんのことが好きだったんだよ」
ついさっき言われた言葉を繰り返されて、さっきのアレは本当だと知った。
「知らなかった」
「そりゃ、そうよね。あなたは彩絵のことばっか見つめていて私の視線になんか、気づきもしなかったんだもの」
ずっと、見てたのか?僕を?
「でも、なんでそんな今頃……?」
「あら、分からない?ヒロくんがふられたからよ。チャンスじゃない?それに……」
と言って、立ち上がって僕の方に近づいてくる。
「きっと、慰めてほしいんじゃないかな、って思ったし、心の隙間に入り込むのには丁度いいと思ったから」
彼女との距離がどんどんと近くなっていって、僕は若干身じろぎをするけれど、彼女の両手が僕の背中に回されて、半ば抱きつかれるような格好になって、何も抵抗はできなかった。彼女
の頭からはいい匂いがして、頭がくらっとなる。
なにをしているんだろう、僕は?
「ねえ、ヒロくん。ヒロくんは私のことどう思ってた?」
彼女の吐息が僕にかかってくるような近い距離で、少し頬を紅潮させながら僕に聞いてきた。
「そりゃ、ただの幼馴染、だけど」
「じゃあ、それを今から恋人にして」
言葉の衝撃とに続き、僕は彼女に押し倒されて、唇を奪われた。
初めて感じるその感触に目を見開いて驚いて、また妙な空虚感と悲しみに襲われた。
「彩絵の代わりでいいから」
唇を離して、僕に馬乗りになるような姿勢で、僕のはるか上にいる彼女はそう話しかけてきた。
切実に自分の思いを真剣に相手に伝えるかのように。
本当のこというんだったら、彼女はもともとこんなことする性格じゃなかった。彩絵は普段活発で明るいけど、彼女はおとなし目でどこか一歩引いて人と接する大和撫子みたいなタイプ
だ。
だから、こんなことするのも、正直驚きで胸がいっぱいで何も考えられない。
「私、ヒロくんのこと大好き」
僕の胸に頭をうずめられて、その言葉を聞いてやっと自分の置かれている状況を理解できた。
要は、今僕は告白されているんだ。
確かに顔も性格もいいし、魅力だって彩絵に負けないくらいある。もし、ここで僕が彼女の背中に手をまわしてしまったら、僕たちはもう友達の関係ではいられなくなって、それからひと
つ上の関係に進んでしまうのだろう。
別に、それでも悪いことはない。
嫌なわけじゃない。
それでも、それはなんだか今まで過ごしてきた時間を考えてしまうと気が引けてしまう。
「ごめん」
だから結局、口に出てくるのはその一言で、その一言を口に出した瞬間に分かった。
ああ、彩絵もきっと今の僕と同じような気持ちだったんだな、って。
下手に一緒に時間を過ごしちゃったから、好意を抱かれても、それを断って、でも結局は友達としての好意は色濃くそこに残ってしまう。だからこそ、相手の申し出はどうしても断るしか
なくて、彩絵も僕もそうだった。
「……そう、残念」
彼女はそう短くつぶやいて、僕の体から温もりを残して、離れていく。
「で、でも、これからも僕、君と仲良くしていきたいから、友達でいたいから……」
「分かってる。私もそのつもり」
少し涙を浮かべて笑う。
ずるい。
そんな顔を見せられたら、罪悪感が心に浮かんでくる。
「……」
「……」
そのまま、僕たちは無言のまま向き合っていた。その時、どんな言葉をなげかけていいのかが分からなくて。
「……、じゃあ、もう夜も遅いし、僕、帰るね」
時計が夜の6時の鐘を鳴らしたのをきっかけに僕はそういった。
「うん、じゃあね」
「じゃあ」
そう言って、僕は部屋を去ろうとした。
そして帰り際に、
「でも、今日ヒロくんと過ごした時間は幸せだったよ。勢いでファーストキスもしちゃったし」と、なんだか本当に幸せそうな表情で僕に言う。
そういう実感は僕には全然ないんだけどな。やっぱり、そこが感性の違いってやつかな。
できれば、好きな人とのファーストキスが良かった。
もう時は戻れないけど、そう思ってしまう。
だけども、彼女にとってはそれが達成されて、なんだか悔しいことのような気もするけど、不思議とついさっきまでの心のもやもやは晴れた気がする。
僕をふった彩絵の気持ちが分かったからかな。
その日の帰り道、雪が降った。
手のひらを差し出すと、その上に粉雪が舞い降りてきて、きらきらと光を輝かせながら六花の紋様を表す。
それはきれいで透明でどこまでも純粋な雪の結晶だった。
それを見て、僕の心は現実というものから、やっと心を入れ替えることができた。
あれから十年の月日が経った。
僕たち三人は同じ道を歩んで、ほかの人を好きになって、結ばれた。
時々、三人で集まっては、あの日のことを話して、笑って、冗談を言って、恥ずかしがって、顔を赤らめる。
それは誰にとっても、純粋な恋以外の何物でもなくて、そうやって人生は歩まれていくんだろうとも思った。
好意を心の鏡で跳ね返して、それでもそれを求め、近くにいる。
でも、それは心地の良いもので、誰にとっても必要なものなんだ。
それが、あの時の僕に分かったことだ。
了